【3308】 △ 中原 淳/パーソル総合研究所 『残業学―明日からどう働くか、どう働いてもらうのか?』 (2018/12 光文社新書) ★★☆

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独自調査の分析と提案の連関が見えにくいし、アンケート対象者の顔も見えにくい。

『残業学』.jpg 『残業学 明日からどう働くか、どう働いてもらうのか? (光文社新書) 』['18年]

 本書で言う「残業学」とは、①残業がどこでどのくらい起きているのか、②残業が起こってしまうメカニズムと功罪、③残業をいかに改善することができるのかの3つを、学際的に研究する学問であるとのことです。本書は、「希望の残業学」というプロジェクトの研究成果の書籍化でもあり、2万人を超える独自調査の結果を分析し、既存の学問では探求されなかった長時間労働のメカニズムに迫り、その解決策を提案したものであるとのことです。

 全10講(オリエン+8講+最終講)から成る講義形式になっていて、第1講では、日本における残業の歴史を振り返るとともに、統計をもとに、残業が日本型雇用システムの中で、企業が景気変動に即して労働時間を調整するために利用されてきたことなどを考察しています。

 以下、独自の大規模調査の結果をもとに、第2講では、残業時間やサービス残業の多い業種、職種について見ていき、第3講では、長時間労働によって健康リスクが高まりつつも、一方で「主観的な幸福感」が高まってしまう「残業麻痺」という状態があることを指摘、「残業麻痺」層は「成長実感」を理由に残業を肯定的に捉えているが、実際には個人が「実感」しているほど「成長」にはつながっておらず、むしろ、労働の持続可能性を阻害しているとしています。

 第4講では、長時間残業はどうして起きるのか、その発生メカニズムについて考察し、残業が発生する職場には「集中」(優秀さに基づく仕事の振り分け)、「感染」(帰りにくい雰囲気)、「遺伝」(若い頃長時間労働していた上司)という残業発生要因があると指摘しています。第5講では、生活費を残業代に依存する「生活残業」の問題について、「残業代依存」のメカニズム探っています。ここまでが、残業がどこでどのくらい起きて、またそれは、なぜ起こってしまうのかを問うてきたことになり、以下、その解決策となります。

 第6講では、長時間労働是正のために企業が行う様々な取り組みの効果を検証し、そうした残業施策が失敗する場合の要因を考察しています。第7項では、どうすれば施策の効果を高め、長時間朗度を是正できるか、残業時間の「見える化」など、押さえておきたいポイントを示しています。そして第8項では、残業を根本から抑制し、組織の生産性を高めるために、マネジメントと組織をどう改革していけばよいのか、その方法を考察しています。

 一般のビジネスパーソンや職場マネジャーに向けて書かれた本であると思いますが(イラストなど入れてわかりやすく書かれている)、人事パーソンにとっても参考になる部分はあったと思います。ただし、実務家の視点から見ると、前半部分の統計や独自調査の分析結果は概ね想定内の内容であると思われ、一方、後半部分の解決策の提案は、やや漠然としたものであるように思いました。そう感じるのは、おそらく、提案部分の多くは人事・組織マネジメントのセオリーに基づくものであり、前半部分の独自調査の分析との連関が見えにくいということによるのではないかと思います。

 また、独自調査データの分析についても、あらかじめ仮説があって、それを調査結果と結び付けている印象もありました。やりがいを持って働くことが残業に直結するということが言いたいわけではないと思いますが、どのような属性の人が「フロー状態」にあって、どのような属性の人が「長期間残業」状態にあるのかという分析がされないまま「残業麻痺」層という概念が持ち出されたりしています。一方で、「残業代依存」という概念も出てくるので、読んでいてアンケート対象者の顔が見えにくかったです。もう少し分析手法に(クラスター分析を駆使する等の)工夫と緻密さが欲しかったように思います。

 これを「学」と言っていいのかという疑問が残りました。冒頭に残業が日本型雇用システムの中で、企業が景気変動に即して労働時間を調整する役割を果たしてきたとしながら、以降、労働経済学、労働社会学的な話はほとんど出てこないし、後半は著者の専門である人材開発・組織開発の話です。それでいて「学際的」を標榜するのもどうかと思いました。

 本書については、刊行されてすぐに「さぷ日記、主に本の書評」というブログに、問題点を的確に指摘した書評がアップされました。なかなか鋭い分析であったなあと思いました。

《読書MEMO》
●「残業学」目次
■オリエンテーション ようこそ! 「残業学」講義へ
「働く人」=「長時間労働が可能な人」でいいのか
 残業は「データ」で語るべき
 ウザすぎる! 残業武勇伝
 残業が個人にもたらすリスク
 残業が企業にもたらすリスク
 必要なのは、「経営のためにやる」という発想
 なぜ、「希望」が必要なのか
 大規模調査のデータ
 コラム1 ここが違うよ! 昭和の残業と平成の残業
  
■第1講 残業のメリットを貪りつくした日本社会
 「日本の残業」はいつから始まったのか?
 底なし残業の裏にある2つの「無限」
 「残業文化」にはメリットがあった
 第1講のまとめ
   
■第2講 あなたの業界の「残業の実態」が見えてくる
 1位が運輸、2位が建設、3位が情報通信
 明らかになった「サービス残業」の実態
 第2講のまとめ
 コラム2 「日本人は勤勉」説は本当か?
   
■第3講 残業麻痺――残業に「幸福」を感じる人たち
 「月80時間以上残業する人」のリアルな生活
 「残業=幸せ」ではないが......
 「残業麻痺」と「燃え尽き症候群」
 「幸福感」と「フロー」の関係
 残業しても「見返り」が約束されない時代なのに
 ただの「達成感」を「成長実感」にすりかえるな
 「努力」を「成長」と結びつける日本人
 「越境学習=職場外での学び」の機会の喪失
 第3講のまとめ
 コラム3 「男は育児より仕事」は本当か?
  
■第4講 残業は、「集中」し、「感染」し、「遺伝」する
 残業は「集中」する
 「できる部下に仕事を割り振る」は悪いことか?
 上司はつらいよ、課長はもっとつらいよ
 残業は「感染」する
 残業は「腹の探り合い」が 生み出す悲劇
 仕事を振られるのが嫌だから「フェイク残業」する
 「残業インフルエンサー」の闇
 「集中」「感染」が起こりやすい職業
 残業は「遺伝」する
 必要なのは「学習棄却」
 「集中」「感染」「麻痺」「遺伝」しやすい職種は?
 第4講のまとめ
   
■第5講 「残業代」がゼロでも生活できますか?
 生活のための「残業代」
 残業代を家計に組み込んでしまうと......
 残業代が減ると、損をしたような気持ちになる
 「生活給」という思想
 上司の指示が曖昧だと、部下は残業代を当てにする
 解き明かされた残業発生のメカニズム
 日本全体で残業を「組織学習」してきた
 第5講のまとめ
  
■第6講 働き方改革は、なぜ「効かない」のか?
 企業の「働き方改革」は本当に効果が出ているのか? 
 残業施策の失敗による職場のブラック化への道
 段階1 残業のブラックボックス化
 段階2 組織コンディションの悪化
 段階3 施策の形骸化
 施策失敗の「3つの落とし穴」
 原因1 「施策のコピペ」の落とし穴
 原因2 「鶴の一声」の落とし穴
 原因3 「御触書モデル」の落とし穴
 第6講のまとめ
   
■第7講 鍵は、「見える化」と「残業代還元」
 「外科手術」の4ステップ
 ステップ1 残業時間を「見える化」する
 ステップ2 「コミットメント」を高める
 ステップ3 「死の谷」を乗り越える
 ステップ4 効果を「見える化」し、残業代を「還元」する
 第7講のまとめ
   
■第8講 組織の生産性を根本から高める
 「外科手術」の限界
 マネジメントの変革編1 「罰ゲーム化」したマネジャーを救え!
 マネジメントの変革編2 「希望のマネジメント」に必要な3つの力
 マネジメントの変革編3 「やることはいくらでもある」わけがない
 マネジメントの変革編4 部下への声かけは「2割増し」で
 マネジメントの変革編5 「抱え込み上司」にならないために
 組織ぐるみの改革編1 「残業の組織学習」を解除する「3つの透明性」
 組織ぐるみの改革編2 重なりあう「マネジメント・トライアングル」
 組織ぐるみの改革編3 「希望の組織開発」の鉄板フレーム
 組織ぐるみの改革編4 組織開発を実際にやる際のコツ
 組織ぐるみの改革編5 豊田通商を変えた「いきワク活動」
 第8講のまとめ
 コラム4 「やりっぱなし従業員調査」はなぜ生まれるのか
 コラム5 会議のムダはどれだけあるのか?
   
■最終講 働くあなたの人生に「希望」を
 残業と日本の未来
 「成果」の定義を変える――「努力+ 成果」から「時間あたり成果」へ
 「成長」の定義を変える――「経験の量」から「経験の質」へ
 「会社」の定義を変える――「ムラ」から「チーム」へ
 「ライフ」の定義を変える――「仕事との対立」から「仕事との共栄」へ
 平成が終わる今こそがチャンス
 「残業学」を学んだあなたへ 
  
■おわりに
 本書の調査概要

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